γ×ユニ: 椋木ナツ

2011.10.10 RM5発行。ユニお帰りなさいな無料配布本


君がいるなら


 ――面白くない。
 未来からの記憶を受け取ってからというもの、ガンマのため息は増えるばかりだ。
 それもそうだろう。
 この時代の自分は、間違いなくアリアに憧れにも似た恋心を抱いている。なのに、自分の知らないうちに彼女は子供を産み、どこかで隠すようにこっそりと育てているというではないか。
 しかも、未来の自分にその子供は想いを寄せていた。
 もしかしたら彼女の初恋の相手が自分だったのかもしれない。
 あまりにも重い運命を背負う彼女に対する同情がなかったとは言えない。
 けれどもあの時、決して彼女を一人で逝かせてはならないと感じた気持ちも本当のものだ。あの大空の力が生み出した結界の中に飛び込まなければ、ガンマがあそこで消滅することはなかっただろう。
 けれども何かに突き動かされるように、自分はユニを抱きしめていた。
 その時の想いは未来から現代へと送られ、そしてこの胸に根を張り巡らせている。
「――面白くねぇ」
 今度は口に出して呟いた言葉に野猿がピクンと反応した。
「兄貴?」
 なんでもない、と首を振り、再び自分の思考の中へとガンマは沈んでいく。
 郊外の田舎町にひっそりと建っているジッリョネロの隠れ家のひとつに向かう車に揺られながら、ガンマは考えを別のものへと移していった。
そこに安置してある、大空のアルコバレーノのおしゃぶりが、急に炎を吹き出したという。だが、未来からの記憶を受け取ってすぐに姿を消したアリアと、娘のユニの行方はようとして知れない。
 もしかしてアリアかユニのどちらかが、あのおしゃぶりの近くに現れたのではないかという淡い期待を抱かずにはいられなかった。
 だから、おしゃぶりの炎の中に記憶のままのユニが姿を現し、アリアが身を引いたと聞いたときに、ガンマは素直に喜ぶことができなかったのだ。
 ――ボス、あんたらしい選択だ。自分の娘をできるだけ長く生きさせるために、自分への呪いを解く権利を放棄したなんてな。
 ギリッと胸が痛んだ。
 しかし、目の前で再会を素直に喜び、頬を染めるユニを失望させたくもない。
 掌に包んだユニの手は、小さく華奢だ。
 アルコバレーノの呪いさえ解けば、将来、普通に結婚をしてマフィアと縁のない生活を送れるはずの小さな存在を、再び自分たちのボスとして迎え入れていいものかと、逡巡した。だが、今の自分たちにはユニという存在が必要だ。
 そして、ガンマの胸の中に張り巡らされた恋という蜘蛛の糸が、彼女を絡め取ってしまえと囁いている。
 小さな手の甲に唇を押しつける。
 彼女への服従と忠誠と、そしてもう離さないという想いを込めて。
 見つめ合う視線の先には潤んだ瞳がある。
 少しの切なさと、歓びに涙が浮かんでいる。
 唇は素直に彼女を『姫』と呼んでいた。足は躊躇無く彼女の元へと走っていた。心臓は煩いほどに高鳴っている。
 短く交わす言葉の裏側で、いくつもの感情が絡まり、解け、そしてふたりの上に降り注いだ。
 ただ愛している。
 そのシンプルな気持ちは、純粋であるが故に扱いにくいものだ。
 それぞれの立場も、この時代に存在する自由だってあるのに、それら全てを壊してしまいそうな強さがあった。
 もう二度と彼女とは会えないと覚悟をした夜もあった。これから十年が過ぎようとも、彼女と自分の間に接点すら生まれない可能性があったのだ。
 それでも、こうして出会えた奇跡に感謝せずにはいられない。
 この一瞬が、ユニの平穏な女の子としての生活を奪い去るものであることはわかっていた。彼女の成長を待ち、正式に付き合うことになったとしても自分と結婚したのでは普通の生活を送ることはできないだろう。
 触れてしまえば、もう、自分を抑えることはできない。
 アリアの面影がちらつくが、いつかそれはユニの中に溶け込み、そして懐かしく思うだけになるはずだ。
 ユニは自分が守り抜く。
 そして、かならず呪いを解いてみせる。
 その覚悟の強さは炎の大きさに繋がると未来の自分も言っていた。あの自分のように大きく、硬く、強い炎を手に入れたい。
 背中にかばったユニの体温を感じながら、ガンマは唇の端でそっと微笑んだ。
 やっと取り戻せた愛しい存在は記憶のままで、一途で純粋形をしていた。
 日本での戦いが終わったら、彼女にもう一度忠誠を誓おうと心の中で呟く。
 マフィアのボスとその部下ではなく、これから後のガンマの人生の全てを捧げる存在として。ただひとりの女性として。
 アルコバレーノの呪いを解くことができないのなら、と考えて一瞬眉を寄せた。
「なんだ、答えは簡単じゃねえか」
 残りの時間が短いのなら、その全ての時間、ユニの手を取って歩いて行けばいい。
 終わりのその時のことなど考えずに、ただ寄り添っていればいい。
「――ボス、アンタはたいした女だよ。あんたの娘はもう一度俺を惚れさせた。もしかして、そんなトコまであんたには見えていたのかもな」
 仰ぎ見た空は青く透き通り、どこまでも飛んで行けそうだ。
 するっとガンマの腕にユニの腕が絡みつき、無垢な瞳が笑みを湛えて見上げていた。 終

Grazie

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