骸×ツナ :椋木ナツ

2011.06.26 COMIC CITYにて配布。骸の誕生祝い的なもののつもり


ハイドランジア


 ここ数週間、やたらと視線を感じる。
 その気配に振り向けば、フイッと逸らされてしまう。けれどその視線の主はわかっている。
 その気配は間違いなく、六道骸のものだった。
 復讐者の牢獄に捕らわれている身体から精神を飛ばすだけでもひどく消耗するはずなのに、有幻覚の身体までしっかりと作っているのだから、気づかないワケがない。
 何か言いたい事でもあるのかと、接触してくるのを待っていたが、そろそろ限界だった。
 ピタリと歩みを止めると、沢田綱吉は大きく息を吸った。
「あのさぁ、何がしたいわけ?」
 背中にビシビシと骸の視線を感じながら、ツナは尋ねた。
 骸から接触してこないならこちらが歩み寄るしかないだろう。何をどうしたいのかはっきりさせて、この馬鹿げたストーキングを止めさせなければ骸の消耗は激しくなるばかりだ。
「何かオレに言いたい事があるんだろ? ――骸」
 振り向いたらいつものように気配が消えてしまうかもしれない。そう思いながらゆっくり振り向くと、数メートル離れた紫陽花の影に骸は立っていた。
「もう……なんなんだよ」
 あっさりと姿を表した骸に安堵の吐息をこぼした。
「君がいけないんです」
「はぁっ?」
 骸にそんなことを言われる心当たりがまったくない。数週間に渡ってストーキングされた挙げ句、いきなり責められるとは思ってもみなかった。
 むしろこの意味不明な行動を咎める権利が自分にはあると思う程だ。
「オレがなにしたって言うんだよ」
 このストーキング行動が始まる前、最後に骸と会ったときには、お互いの気持ちを照れながら伝えあって「これからよろしく」などと頭を下げあった。
 つまり、自分たちはできたての恋人同士に昇格して、手探りで二人の関係を進めていく所だったはずなのだ。
「なにかしてんのはおまえじゃん!」
 思わず怒りをぶつければ、骸は何の表情も浮かべないまま、ゆっくりとツナに歩み寄った。
「そうですね。なにかしているのは僕です。そして綱吉くんは何もしていない。――それが、いけないんです」
 なんだかんだ言いながらも骸は結構表情が豊かだ。それが偽りの物だったとしても、こんな無表情なことは珍しい。
「……骸?」
 もしかして具合でも悪いのかと額に手を当てたが、骸の本体は復讐者の牢獄の冷たい水牢の中なのだ。こんなことをしても熱も測れないだろうと思ったが、そうせずにはいられなかった。
「具合が悪いわけじゃないんだよな? とりあえずさ、ウチに来いよ。ちゃんと話、しよう?」
 振り払われてしまうかも、と思いながら骸の手を握り引っ張って歩き出す。内心、ドキドキとして顔が熱くなるのが自分でとてもよくわかる。
 骸はツナに逆らわず、素直についてくるようだ。
 そのことにホッとしながら自分の部屋まで骸を連れて行くと、ベッドに並んで腰掛けた。
「……で、おまえはオレに何をして欲しかったの?」
 少し身体を傾ければ肩が触れる距離で、そろりと骸の顔を伺い見れば、何かを考え込むように骸は目を閉じた。
「僕は、綱吉くんが何もしないのがいけない、と言いましたよね?」
 確かに骸はそう言ってツナを責めた。間違いはない。
「綱吉くん、六月九日って何の日か覚えていませんか? 綱吉くんの気持ちを教えてもらったあの日、次は木曜日に会おうって約束をしたの、覚えていますか?」
 記憶を手繰るまでもない。その約束なら覚えているし、ちゃんと次の木曜日に骸を尋ねて黒曜ランドへと出かけていったのも覚えている。やけに骸がソワソワしているなと思ったが、気持ちが通じ合って初めてふたりきりの時間を持ったせいだと思い込んでいた。
「その木曜日が六月九日だったんです。雲雀恭弥の誕生日は覚えていても、僕の誕生日を君が覚えていなかった。そのことに僕が怒っていてもしかたないと思いませんか?」
 しまった、と頭の中で警鐘が鳴る。
「雲雀さんの誕生日は誕生日を覚えてたんじゃなくて、こどもの日だからで……」
 もごもごと言い訳をしてみるが、骸の誕生日を綺麗に忘れていたことのフォローにはなっていない。
 つきあい始めの甘ったるい空気の中で、骸は誕生日に会う、という事に大きな期待を抱いていたはずだ。ケーキやプレゼント、それからツナからの「おめでとう」の言葉をどれだけ楽しみにしていたか、想像がつく。
 以前、骸の誕生日を尋ねた事があるから、誕生日を覚えていると期待されてもおかしくはなかった。ボンゴレの関係者のプロフィールが欲しいからと偽って聞き出した日付は、生徒手帳の片隅に書いてある。
 コッソリと骸の誕生日を祝えればいいなと思っていた。まさか、骸も自分を好きになってくれていたなどとは思いもしなくて、告白した言葉を受け入れてもらえただけでも嬉しくて、こうしてつきあうことになるとは想像だにしなかった。
 すっかり浮かれていた自分の落ち度だ。
「ゴメン……オレ、忘れてた」
 手帳の片隅に書かれた『骸、誕生日』の文字を忘れるなんて自分でも信じられない。
「本当にゴメン」
 頭を下げるツナを眺めていた骸が、ため息をついた。
「僕は綱吉くんの何なんですか?」
「こ……恋人?」
 照れながら答えれば、もう一度ため息をつかれた。
「僕たち、花のように見えて実は花ではない紫陽花みたいな関係ですよね。――それでも僕に、許して欲しいですか? 恋人として?」
 もちろん許して欲しいに決まっている。今回のことは全面的に自分が悪かったともう一度頭を下げた。
「顔を上げてください、綱吉くん」
「――許してくれるの?」
 ニイッと骸の唇が吊り上がり、良くない予感に背筋が戦く。
「そうですね。だったらまず、ケーキを買ってくれますか?」
 甘い物が好きな骸らしいと胸をなで下ろした。
「ラ・ナミモリーヌのザッハトルテでいいでしょう」
 やたらと小さくて高いチョコレートケーキを思い浮かべて、ツナは今月のお小遣いどころか、来月のお小遣いも飛んでしまいそうだと頭を抱えた。
 だが、ここで断るわけにはいかない。
 わかったと頷くツナに、骸は「ふたつ目は」と更に要求をする。
「綱吉くんからの恋人のキスが欲しいです」
 誕生日プレゼントの代わりにと言われて、ツナは硬直してしまう。
「それって、ほっぺたとかでもいいの?」
 ダメに決まってます、と骸は笑う。もちろんココにですと人差し指の触れた場所は唇で。
「いま?」
「あとでいい、と言えば君のことだ。忘れてしまうかもしれないでしょう?」
 そう言われては尻込みすることもできない。
「わかったよ。だけどさぁ、せめて目を瞑ってくれないかな?」
「クフフフ。まぁ、そのくらいは譲歩しましょうか」
 目を閉じてツナからのキスを待ち受ける唇の両端が、少しだけ上がって微笑んでいる。それを目指して、ツナはそっと顔を近づけ、唇を重ねた。
 ちょん、と触れるだけのキスで終わらせるつもりが、ガシリと抱きしめられて逃げ場を失い、深く蕩けるような口づけになってしまったのは、決して自分のせいではないとツナは痺れる頭の片隅で考えていた。
 来年は骸の誕生日を忘れたりしないよう、カレンダーに大きく丸印をつけておこうとも。
 何度も角度を変えて唇を重ね、柔らかく唇を噛んで名残惜しげに骸の顔が離れていく。
「最後のお願いです」
 キスだけで身体中の力が抜けてしまったツナが、くたりと骸に寄りかかると、その身体を抱きしめて耳元で囁いた。
 ――今夜、黒曜ランドに泊まりに来てくれませんか?
 ほとんど反射的に頷いたツナが、骸の言葉の真意を知ったのは、その数時間後のことであった。


Grazie

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