骸×ツナ :神崎まりあ
2011.10.10 RM5発行。酔っぱらいな骸とツナの誕生日な無料配布本
ボンボン・ア・ラ・リキュール
先程から、ぐらぐらと視界が揺らぐ。
でもそれは、ツナが酔っているからでも、眠い訳でもなかったりする。
「ちょっと、ちゃんと聞いていますか?」
揺れと共に、自分を窘める声が返事を催促してくる。
「ハイハイ。ちゃんと聞いてるってば」
呂律が回らず、少し舌っ足らずな口調になっている骸の姿がちょっとかわいい。……などと思った事がバレてしまったのか、ツナを揺らす骸の手には力が入っていた。
「その言葉に、誠意がちーっとも感じられません」
「悪かったなっ」
「本当ですよ」
酔っぱらった骸に身体を揺さぶられるまま、ツナは気がつかれないように、こっそりとため息をつく。
骸のこんな姿はなかなか見られるものではないと、最初はこっそり喜んでいたけれど。もう一時間近くもこの状態では、さすがに音を上げそうだった。
「まったく。君はいつもいつも……」
おざなりなツナの反応に、骸は不満そうにむっとした態度を隠そうともしない。
どーしてこんなコトになったんだっけ。
ツナの視線は、すっかり暗くなった窓の外に向けられていた。
* * *
「んーっ」
ずっと見つめていたモニターから目を離し、ツナはぐっと上に向かって両手を伸ばした。
モニターに表示された時刻を見ると、三時を少し過ぎていた。
午前中は同盟ファミリーとの会合と昼食をこなし、やっと屋敷に戻ってきたら、今度は雲雀に仕事を山積みにされて、今に至る。
「あー、ちょっと疲れたなあ」
仕事を中断して一息つくと、どっと疲れが襲ってきた。いつまで経ってもデスクワークは苦手のままだ。
「ヒバリさん、少しは手加減してくれないかなぁ」
机にへばりながら、ツナは大きなため息をついた。
なかなか減らない書類の束に、何度逃げ出しそうになったことか。いつもなら、もっと効率のよい処理方法があるのだが、生憎今はその方法が使えない。ツナの側にいるはずの骸が不在なのが大きな原因だった。
「そういうセリフは、もう少し真面目に仕事をこなしてから言うんだね」
いつの間にか室内に入ってきていた雲雀が、書類でツナの頭を叩いた。
「それとこれ、今日中に目を通しておいて」
無情にも、雲雀は手に持っていた書類をツナの机にどさりと置いた。
「また増えたっ!」
ツナの泣き言は、雲雀の厳しい表情の前に砕け散った。
書類には、細かく作業示が書いてあるメモが添付されており、分かりやすくはなっている。だが、その量をちらりと見ただけで、ツナはこの場から逃げ出したくなった。
今日は出来たら早く解放されたい用事があるのだ。しかし、とてもそれを言い出せる状況ではないことも事実だった。
「……こ、これ全部を、今日中に?」
一縷の望みを期待して雲雀の顔を見上げたが。
「なにか問題でも?」
残念ながら、笑えない冗談ではないようだ。
心臓さえ凍りついてしまいそうな冷たい視線に、ツナはがっくりと項垂れるしかなかった。
「い、いえ……。なんでもないです」
ここで雲雀の感情を逆撫でるのは得策ではない。
逃げることを諦めたツナは、パソコンを一時スリープモードにする。今は、他事に気を取られている暇はないようだ。
気持ちを入れ替えるために深呼吸した後、ツナは一番上の書類を手に取った。
「……………………」
しかし、なかなか集中できない。
何度も書類に添付したメモに目を通すが、内容がうまく頭に入ってこない。
仕事が進まないが、時間は無情に過ぎ去ってゆく。そしてますます、焦燥感が募っていった。焦った気持ちが、今一番の気になる事項に――パソコンに目がいってしまい、すぐにダメだと視線を書類に戻す。
そんな行動を何度繰り返した頃だろうか。
側の机で同じように書類に目を通していた雲雀が、諦めたように机を指で弾いた音にはっと我に返った。
「まったく君は」
バツの悪い表情のツナが雲雀に顔を向けると、雲雀の視線が宙を仰いでいた。
「ごめん」
情けない気持ちを見透かされてしまったようで恥ずかしくなる。いつも以上に集中力がない自覚があるから、雲雀の言葉はなおさら胸に痛い。
自分勝手な理由だと分かってはいるのだ。
だけど、寒い背中が骸の不在をひしひしと伝えてきて、落ち着かない気分になるのだ。
屋敷に戻る予定日はすでに過ぎている。戻ってこられない何かがあったのだろうかと心配が尽きない。
自分が与えた仕事であるのに、早く帰ってこない骸に苛ついている。
なんて勝手な感情だろう。しかし、骸だって悪いのだ。
だいたい、メールのひとつも寄越さないってどうゆうことだよ。
電話もなく、メールもない。いつぞやのように夢を渡って現れたりもしない。日に日に会いたい気持ちだけが募ってゆくのを止められなかった。
報告として、骸の行動は逐一上がってはくる。だが、ツナが知りたかったのは、そんな情報ではないのだ。
「……ま、仕方がないか。今日はそれが終わったら見逃してあげるよ」
雲雀の手が伸びてきて、机上の書類が半分に減らされた。はっと顔を上げると、そっぽを向いた雲雀の横顔があった。
「そんな捨てられた子犬みたいな目をされたら、ボクが虐めているみたいだからね」
「ありがとう、ヒバリさん!」
笑顔の浮かんだツナの様子を横目で伺うと、雲雀は引き取った書類をめくりながら釘をさしてきた。
「ボクの機嫌が変わらない内に早くそれ終わらせたら?」
「はい!」
今までのやる気のなさから一転。ツナは姿勢を正すと、真剣に書類を読みはじめた。
それから、静かに流れる時間が過ぎ――
「お、終わったぁ!」
最後の書類に目を通し終えた後、丁寧に押印した書類を雲雀に渡す。雲雀が最後のページを見終えて頷いたのを見て、ツナの肩から強ばっていた力が抜けた。
「じゃあ、これはもらっていくよ」
「お願いします」
ツナは力尽きて机上にうつ伏せに倒れこんだ。それには見向きもせず、雲雀は足取り軽く部屋を出ていった。
「やっと解放された」
いつもより緩い雲雀の取り立てに、ツナは首を傾げた。
脳裏に浮かんだのは、今日の日付とそれが持つ意味。
「まさか、ヒバリさんが手加減してくれたのって、今日がボクの誕生日だから、とか?」
同時に、誕生日と思いだしてツナの胸がちくりと痛む。
そしてすぐに、この場にいない骸の存在が、脳裏を埋め尽くした。
「……なんだよ、骸のやつ。誕生日は一緒に過ごすんだって、勝手に決めた癖にさ」
窓の外は、うっすらと夜の帳が降りかけ、今日という日がゆっくりと終わりに向かっていた。
自分が与えた任務とはいえ、こんなに長い間、会えなくなるとは思わなかった。
特に今日という日に何かを期待していた訳ではない。ただ、側にいて欲しかっただけなのに。
「なーんて感傷に浸るほど、若くもないんだけどさ」
パソコンを立ち上げ、もう一度メールチェックをしてみるが、やはり新着メッセージの中には骸からのものはなかった。
「やっぱりなあ……ん?」
廊下が賑やかな事に気がつき、ツナは腰を上げた。
どうやら、誰かがこの部屋を目指して歩いてきているようだ。ただ普通とは違うのは、その足取りが不安定な事と、時折何かが壁にぶつかる音がすることだった。
しばらく様子を伺っていると、その音がツナの部屋の前でぴたりと止まった。
「誰?」
ドアの向こうにいるはずの相手に問いかけるが、暫く待っても返事はかえってこなかった。
まったく関係のない人物がこの部屋に侵入してくる可能性は低い。しかも、気配を隠さず、これだけ物音を立てているのに、誰の目にも留まらない可能性は、ほぼゼロに近い。ということは、このドアの向こうにいるのは、ツナの守護者の誰かであり――
「む……くろ?」
その可能性に気がついたツナは、勢いよくドアを開けた。
「……遅いですよ」
「うわっ、もしかして酔っぱらってる?」
部屋の中に転がり込んできたのは、酒の匂いに包まれた骸の姿だった。
「なかなか開けずに、一体なにをしていたんですか」
「なにって……うっ。ちょっと、酒の匂いがすごいんだけど」
「ああ、匂いますか。それはすいませんでした」
言葉ほどに悪いとは思っていない口調に、ツナは戸惑った。よろよろと足取りが不安定なまま、ふらふらと骸がツナに詰め寄ってくる。
骸が一歩近寄るたび、ツナは一歩後ずさる。
「なんで逃げるんですか?」
むっとした表情を隠すことなく、骸がツナの腕を掴んだ。
「む、骸こそ、どうしたんだよ」
匂いに顔をしかめないように、ツナは骸の顔を覗き込んだ。
「………」
骸はツナの顔をじっと見たまま、わざとらしくため息をついた。
「骸?」
「何かないと、ここに来てはいけませんか?」
「えっ? いや、そうじゃなくて……」
来た理由を聞いたわけじゃなく、酔っぱらっている理由を尋ねたつもりだったのだが、骸はツナの戸惑いにも気がつかないようだ。
疲れたようにソファに腰掛けた骸の後を追って、ツナも隣に座った。
* * *
暫く、酔っぱらいと化した骸に身体を揺さぶられながら、愚痴のように綴られる骸の言葉に耳を傾けていたのだが。
「骸?」
どんどん小さくなる声にちらりと様子を伺えば、その目に映ったのはすっかり寝入ってしまった骸の姿だった。
「本当に寝ちゃったよ」
ソファにぐったりと身体を預け、心地よい眠りに落ちてしまった骸に思わず苦笑した。
「せっかく久しぶりに会えたのにな」
無理をしてこの場にやってきてくれた事を知っているから、こうやって会えただけでも嬉しい。
「でも、どうせなら普通に帰ってこいよな」
やっと帰ってきたと思ったら、酔っぱらいではまともに話も出来やしない。起きたらとっちめてやる。
骸の為に用意したチョコレートの箱に、ツナの視線が落ちる。一緒に誕生日を祝うのだと念を押された為、疲れて帰ってくるだろう骸の為に、大好物のチョコレートを用意していたのだ。
骸の顔と、そのチョコレートを見合わせ、ツナはちょっとした悪巧みを思いついた。
手に取った箱を開け、その中に散らばる色とりどりのウイスキーボンボンを一つ取り、口に放り込んだ。
「うっ。よくこんなの、ぽんぽん食べられるなあ」
酒に弱いツナは、口の中に広がる芳醇な香りに怯んだ。
普段はこの手のチョコレートには手を出さない。それだけに、口の中に広がる甘さとアルコールの香りが、いっそう濃厚なものに感じた。
「ええい、なるようになれっ」
勢いに任せて、もう一つ二つ口に放り込むと、ゆっくりと租借してその味で咥内を充満させた。呼吸をする度に鼻をつく匂いだけで早くも酔った気がした。
「うん。これでいいか」
だから、これは酔っぱらいの仕業なんだ。
口実を作ったツナは、何度も自分にそう言い訳しながら、眠りに落ちてしまっている骸の側に腰を降ろした。
眠っている事をもう一度確認すると、ツナは骸の脇に手を置き、そろりと身を屈めてキスをした。
触れ合うだけの軽いキス。しかし、重ねた唇を名残惜しくてなかなか離せなかった。
「……会えるの、ずっと待ってたのにさ」
未練がましく骸の鼻を摘んで唇を尖らせた。
「それは、お互い様です」
「骸!? うわあ!」
その手がぐいっと引き寄せられて。気がつけば、ツナの身体は骸の上に乗り上げていた。
「寝込みを襲うとは、そんなに待ちきれませんでしたか」
「おまえ、寝た振りしてたなっ!?」
抱き寄せられて真っ赤になったツナは、その腕から逃れようとじたばた藻掻いたが、更に強く抱きしめられてしまった。
「人聞きの悪い。愛しい人の声が聞こえてきたから、目が覚めただけですよ。まあ、つれない態度を取る恋人が、どんな行動に出るのか気になって、少しだけ目を開けるのが遅れましたが」
言葉と共に骸の手が伸びてきて、ツナの頬に添えられた。
「さあ、もう一度。おはようのキスをお願いします」
「……っ! 眠り姫じゃあるまいし」
口ではそう悪態をついたものの、骸の手を払いのける気にはならなかった。暫く戸惑った後、ツナはその手に自分の手を重ね、そっと目を閉じる事で骸に応えた。
「まったく。あなたという人は」
苦笑する声が聞こえてくるが、何と言われても今のツナにはこれが精一杯だった。
「それでは。眠り姫を起こす騎士の役目をいただくとしましょうか」
「ん……ん? んーっ!!!?」
キスをされたままツナの身体は回転した。そのままソファに縫いつけられて、気がつけば思う存分骸に唇を奪われていた。
「お、おい、骸!」
息が出来ないと、無理矢理骸の顔を引き離すと、骸は楽しげに笑っていた。
「Happy birthday」
「っ! まさか、酔っぱらいも演技なんじゃ……」
「まあ、それもサプライズということで」
ちっとも酔った様子も見せずに、骸はキスを再開した。
終
Grazie
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